新たなパワー半導体の社会実装で、
脱炭素社会の実現へ。
「高品質SiCの単結晶膜の高速製造技術」
研究プロジェクト

パワー半導体は、家電機器や電気自動車(EV)、発電、送電、再生可能エネルギーの系統連系など多様な分野での電力制御や変換において必要不可欠です。

そのような電力制御や変換における電力損失を減らし、CO2排出量の削減や電化の促進がなされる可能性を秘めるのがSiC(炭化ケイ素)パワー半導体です。

ここでは、そんなSiCパワー半導体をテーマに最大6社との共同研究を行なったプロジェクトを紹介します。

研究リーダーの土田と、共同研究契約を担った河内、産業財産権を担当した鈴木の視点を通して、電力中央研究所の仕事やそこで働く人の想いを紐解いていきます。

プロジェクトメンバー

  • HIDEKAZU TSUCHIDA 土田 秀一

    エネルギートランスフォーメーション研究本部
    研究参事

    〈 1992年入所 〉
    入所以来、一貫してSiCの材料開発に従事。
    多数の学術論文と国内外会議での講演を実施。
    2023年度岩谷直治記念賞受賞。
    現在は、研究参事として自身の研究に
    取り組みながら所内の研究者の育成にも励む。

  • KENTARO KAWACHI 河内 健太郎

    総務グループ
    上席

    〈 2006年入所 〉
    入所以降、現場総務、研究契約、人事労務など
    さまざまな業務に従事。
    現在は、人事担当として
    「人」に関わる業務全般を幅広く担当している

  • KENJIRO SUZUKI 鈴木 健次郎

    企画グループ
    主任

    〈 2009年入所 〉
    入所後、現場総務を経て
    産業財産権の取扱いに関わる業務に従事し、
    本プロジェクトに参加。
    現在は、企画グループで
    電中研全体の研究計画策定や大型研究設備の導入、
    研究成果の取りまとめ業務に携わる。

SiCパワー半導体の社会実装は
産業と電気エネルギー利用の両方での変革につながる。

SiCの可能性を信じ、研究を開始。

電力中央研究所(以降、電中研)は、電力機器への応用を目的に、1992年からパワー半導体に関する研究を開始した。研究開始後まもなくして次世代のパワー半導体として目をつけたのが、ちょうどその頃に電力損失の削減効果の可能性が示され始めていたSiC(シリコンカーバイド)パワー半導体だ。入所以降、パワー半導体の研究を続けてきた土田は、SiCパワー半導体の特徴をこう分析する。

「従来のシリコン製のパワー半導体と比較して、電力損失が約10分の1、耐電圧は約2.5倍、動作周波数は約10倍というポテンシャルを秘めています。特に高電圧用途でそのポテンシャルが発揮されることから、電中研では当時、このSiCパワー半導体にターゲットを絞って実用化に向けた研究を進めることを決意しました」

SiCパワー半導体の一般的な製法は以下である。まずは、SiCの粉末を原料としてSiC単結晶の塊(インゴット)を作製する。その後、インゴットを円盤形の薄い板(ウエハー)に切り出す。そしてウエハー上にSiCの単結晶膜を成長させ、電極形成や絶縁膜形成などのデバイス加工を施して完成に至る。研究を進めていくと、電力機器に適用が可能な耐電圧と電流容量を持つSiCパワー半導体を実現するためには、厚さが数十㎛以上で高純度、かつ低い欠陥密度のSiC単結晶膜を形成できる技術が必要なことが分かった。当時で考えると、この技術水準は非常に高度であったが、電力応用を実現する上で必須の課題であったため、高電圧と大電流に耐えうる高品質で厚いSiC単結晶膜の結晶成長技術を主軸に研究を進めていった。

研究の未来像を描き、共有する。
研究職・事務職でワンチーム。

高品質で厚膜の結晶成長技術において一定の成果が出始めていた2000年代後半、市場では民生品や産業機器への応用、特にEVの充電や駆動を行うための電力変換装置に高い注目が集まっていた。EVに搭載するには、これまで以上に高品質であることが必須。さらに、それを量産できるほどの生産性が求められる。そのニーズに応えるため、2009年、電中研は自動車関連3社と共同研究契約を締結し、「高品質SiC単結晶膜の高速製造技術」に関する研究をスタートした。

「当時、EVへの実装に必要な品質をクリアする単結晶膜を製造することは技術的に難しく、また長い成膜時間がかかっていました。品質が十分でないと歩留まりが下がり、成膜時間が長いと生産効率が下がり、コストの増加につながるのです。共同研究で目指した成果は「高品質単結晶膜の高速製造」ですが、その後の成果の活用方法は様々で、最終的には電力機器用のSiCパワー半導体にもつながります。また、プロジェクトの実施には多くの予算と労力をかけることになるため、その目的と意義を上層部の方々や、各種契約を行う河内さん鈴木さんをはじめとした事務職の方とも共有する必要があり、まずはプロジェクトのロードマップを策定しました」

SiCパワー半導体の実用化が進むと、どの業界に変革が起きるのか。そしてこの先10年、20年、30年で社会にどのような影響を及ぼすのか。車が進歩し、鉄道が進歩し、最終的には電力系統も進歩していく。そんな未来像をロードマップに落とし込み、プロジェクトに取り組む意義を共有した。

共同研究だから実現した
オープンイノベーション。

高品質の実現と生産性向上の両立は非常に難易度が高い。技術開発は製造装置と成膜技術の両方に及ぶ。2011年には、半導体製造装置メーカーが共同研究に加わり、量産装置の実用化を見据え、直径6インチSiC単結晶膜の製造装置を電中研内に設置。さらに、2013年には、材料メーカーが共同研究に加わり、本格的な量産に向けた最終段階に進んでいった。そして2015年。研究開始から6年の月日を経て、ようやく優れた均一性と低い欠陥密度を有する高品質SiC単結晶膜を高速で製造できる技術の確立に成功した。
この成果の大きな要因として、研究体制が挙げられると土田は語る。

「複数の共同研究先企業の研究員が当所に駐在し、オープンイノベーションのような形態で協力し合うことで、いくつかの技術的な壁を乗り越えることができました。これが実現したのは、研究の力だけではありません。河内さん、鈴木さんをはじめとした契約を担当したチームと我々研究者が目線を合わせ、同じ目標に向かって進めることができたからこそだと思います。当所を含めて最大6社が関係する契約で、かつ各社それぞれに意向があったため、契約条項の協議は難航を極めました。その中で、本共同研究の参画者の全てがWin-Winとなれる形態を粘り強く模索し、それを条文に落とし込んで、契約を成立させたことは非常に大きかったですね」

研究の先にある未来まで見据える。

日本を代表する企業との契約。
要求水準は高く、責任は大きい。

最大で6社間の契約に及んだ今回の大規模共同研究。各社の間に入り、意向のヒアリング、それを踏まえた体制の調整や契約書条文の作成を担当したのが河内だ。当時のことを、これまでで最も難しいプロジェクトだったと語る。

「参加している企業はどこも日本のトップランナーばかり。そのため、契約における質やスピードへの要求水準も非常に高いものでした。このプロジェクトは日本にとどまらず、世界の変革にもつながる可能性を秘めている。私がその高い水準に応えられず、研究を停滞させてはならない。そうした大きな責任感を持って臨みました」

本契約において重要なのは、共通の大きな目標に向けて協力するパートナー各社の利益を最大化すること。しかし、異なるビジネスモデルを持つ企業同士が集まるため、その実現は簡単ではなかった。各社の現状や想いを汲み取る上で大きな助けとなったのが、共有していたロードマップだったと言う。

当然のことだが、研究には莫大なコストが伴う。参加各社の役割や目的に応じ、どのような分担とするのが最適なのか。ヒト・モノ・カネのリソースの投資に際し、法務・経理の観点からもリスクを適切にヘッジすること、これらの調整プロセスを、さまざまな議論を通じて推進するのも、河内の役目だ。

「この仕事には、所外との調整だけでなく、所内の関連部署や専門家との連携も含まれます。法律面では弁護士、会計処理では会計士と連携し、さらに決裁手続きにおいては経営陣への説明や調整も担当します。一つひとつの業務を積み重ね、大規模なプロジェクトを前進させていく、それが私たちの使命でした。このプロジェクトを進めるにあたり、事務系の先輩方から最大限のサポートをいただきました。昼夜を問わず、膝を突き合わせて議論を重ね、貴重な指導をいただけたことに深く感謝しています。ときにミスが許されない緊張感の中での業務もありましたが、その分、やり遂げたときの充実感は格別でした」

各社の理想を理解しながら
電中研の守るべきラインを貫く。

共同研究においては、参画者の共有となる特許や技術ノウハウといった産業財産権が蓄積される。共同研究の参画者が共有の産業財産権を各社の事業にスムーズに活用できるように、産業財産権の取扱いを定める必要がある。鈴木は、産業財産権の取扱いを定める担当としてプロジェクトに参加した。

「産業財産権の取扱いに関しては、とにかく各社と協議を重ねながら進めていきます。会議で意見を伺い、法令や所内基準と照らし合わせながら、契約書や議事録に落とし込み、次の会議に臨みます。多いときでは、各社毎別々に1日に4回の会議を行った日がありました。各社の譲れない部分を理解することはもちろんですが、電気事業の中央研究機関である電中研としての守るべきラインもあります。研究チームと共に事務系職員である私たちのスタンスを確立し、目まぐるしいスケジュールのなかで議論を前に進めていきました」

共同研究のメリットは、電中研単独では実現が難しいことであっても、さまざまな強みを持つ外部の企業との連携によりその壁を突破し、さらに成果を社会実装につなげることができることである。一方で、各企業それぞれに自社の経営方針や事業戦略、それらに基づく要望や契約条件などがあり、必ずしもスムーズに契約が合意に至るわけではない。なかには、協議がまとまらずにプロジェクトそのものが途中で頓挫してしまう最悪のケースもある。鈴木はこの大きな責任の裏側に、やりがいを感じたという。

「協議は難航し、日々調整に心を砕きました。しかし、最終的には研究者の方々が世界的な成果を残し、今では社会実装も実現し始めています。このようなプロジェクトに若手のうちから関わることができたのは幸運でしたね」

このプロジェクトはまるで「青春」。
経験がその後に大きく活きる。

現在は企画グループで、電中研全体の研究計画の策定や大型研究設備の導入、研究成果の取りまとめ業務に携わる鈴木。本プロジェクトの経験が現在の仕事にも活きていると話す。

「現在の仕事は、研究設備をどのような形で導入・拡充すべきなのか、また成果をどのようにまとめて所外に公表していくかなど、研究への知見が必要な事項ばかり。この共同研究に関わることで得た、研究そのものへの知識はもちろん、先を見据える考え方や優先順位をつける能力が今に役立っていますね」

総務グループで人事業務を行う河内も、当時の経験が「人」に向き合う喜びの原体験となったと振り返る。

「このプロジェクトは私にとって電中研人生の中でまさに「青春時代」と言えるものだったと感じています。喜びや悩み、失敗や成長といった様々な経験を通じて、より良い未来を想像し、電中研と自分自身を見つめていく、一瞬一瞬が輝くような貴重な時間でした。所内でチームを組み、試行錯誤を重ねながら、社会に大きな影響を与える研究を進めていくプロセスには、もちろん、責任や困難も伴いました。一流の研究者たちと肩を並べて一緒に仕事をするためには、自分自身もその分野のプロフェッショナルである必要があり、多くの努力が求められたからです。それでもなお、研究者たちの夢を支え、それを社会の希望へとつなげる仕事には、大変大きなやりがいがありました。このプロジェクトは、次世代の事務系職員に引き継がれ、現在も継続しています。これからは、後輩たちが挑戦し、成長できるような環境を整えることが、私の使命だと感じています。その取り組みを通じて、スキルアップやモチベーションの向上を支援し、共に未来を切り拓いていきたいと思っています」

あらゆる関係者とコミュニケーションを取り、それぞれの想いを最大限反映しながら協議をまとめて契約を取り交わす。研究者の夢を、社会につなげていく。契約担当の仕事は、研究の実現において必要不可欠である。

プロジェクトで見据える未来

事務職と研究職が両輪となってこそ推進できた、研究成果の創出と社会実装を行う「研究活動」。そして現在、EVや鉄道、再生可能エネルギー分野などで実用化が拡大し、エネルギーの有効活用において、パワー半導体の役割の重要性が益々高まっている。今後も電中研では、所内一丸となり、外部とも力を合わせながら、高性能パワー半導体の適用による電気の利用効率の向上や電化の促進を通じ、未来の脱炭素社会の実現に貢献できるような研究に取り組んでいく。